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横田 智子 つなぐプランナー
つなぐプランナー

「景丘の家」に学ぶ、みんなの居場所のつくり方

2021/11/24

近年、「インクルーシブデザイン」という言葉がよく聞かれるようになりました。あらゆる人を受け入れることを意識した場づくりがトレンドとなる中、特に地域のコミュニティ施設では、これまでの子どもや高齢者といった限られた対象から、あらゆる世代や立場の方々を対象とした「みんな」を主語とした場が多く生まれてきています。

その中で気になっていた施設が「景丘の家」。こちらは「子どもと食」をテーマとしながらも、あらゆる世代の方々が自然に集まり、寄り添う居場所を目指し、さまざまなクリエイターが参画してつくられた地域の交流施設です。(施設の概要はこちら/施設づくりに関わった方々はこちら) 

見学に行くと、未就学の子どもたちが明るい日差しに照らされた空間でのびのびと遊び、小学生たちが卓球で盛り上がり、広間ではゴロゴロしながら宿題やゲームをする子どもたち、それを脇で見守る大人たち、スタジオでバンド演奏の練習をする大学生……幅広い世代の方々が、それぞれの居場所を見つけて思い思いの時間を過ごしていました。

そこで、「みんなの居場所づくり」の成功に隠された秘訣を探るべく、マザーディクショナリー代表であり、「景丘の家」館長の尾見紀佐子さんにお話を伺いました。

伝統文化があらゆる世代をつなぐきっかけに

横田:
施設を見学させていただきまして、さまざまな世代の方が思い思いに過ごされていて、自然に交わっているシーンが素晴らしいと感じました。まさに「あらゆる世代の居場所」というテーマを体現されていますね。幅広い世代の方々が利用するにあたって、立ち上げ当初に空間づくりで工夫されたところはありますか?


尾見さん:
「多世代交流」はイベントなどで期間を設けて行うことはやりやすいと思いますが、日常的に、そして自然にいろいろな世代の人たちが交流していくためには、空間的な工夫と演出が必要だと感じました。そこで1階に大きな囲炉裏をつくり、皆さんが集まりたくなるような場所をつくりました。囲炉裏のまわりは縁側を、広いスペースは土間をイメージしています。囲炉裏では火を囲むことでほっとしたり、縁側では靴を脱がずに腰かけてそばにいる人と話したり。日本の伝統的な空間を意識してつくっています。


大きな囲炉裏を囲む空間。コロナ以前は囲炉裏で鍋を囲んだり、餅を焼いたり、みんなが集うイベントが開催されていました

横田:
恵比寿という都会的な立地において、日本の伝統家屋のような空間に触れる機会は少ないと思いますが、そこは意識されたのでしょうか?


尾見さん:
そうですね。あえて都会だからこそ、自然素材や温もりを大切にすることは意識しましたし、何より「景丘の家」は多世代の方、おじいさん・おばあさんも集まる場所として始まりましたので、「なかなか継承されなくなってしまった日本の伝統文化を取り入れたい」という想いはまず大事にしたいと思いました。

横田:
伝統文化を通じて、ご年配の方々を中心に、さまざまな世代の方がつながるイメージがおありになったのですね。


尾見さん:
ただご年配の方々に、急に「子どもたちと遊んでください」といってもなかなか難しいですよね。自然発生的に必要な状況をつくりだす、という意味で、おじいさんたちが昔たくさん遊んでとてもお上手な遊び、例えばコマ、めんこ、竹馬、将棋や囲碁など、活躍できることで世代間の交流が自然に生まれるといいな、と思いました。おばあさんは編み物、あやとり、折り紙や一緒にお味噌を仕込んだり、梅干しを漬けたり……。年齢を重ねたからこその知恵の部分を活かしていただくことで、「すごい、こんなこともできるんだ!」という発見があったり、若い方たちには新鮮にうつったり、経験がなくても教えてもらえて嬉しかったり、双方が無理なくコミュニケーションを取れる仕組みにしたいと思ったことが一番でした。


取材当日も「昔遊び」のイベントを開催。ご年配の方々が子どもたちに遊び方を教えながら一緒に楽しんでいる姿が印象的でした

程よい交流のグラデーションが生まれるフロア構成

横田:
「景丘の家」のフロア構成は、1階と2階がみんなの多目的なスペース、地下2階は音楽やダンスなどの目的性の高いお部屋、地下1階は主に小学生向け、3階は乳幼児向け、とそれぞれの世代の居場所が明確にありながら、緩やかにつながるフレキシブルさも感じられる、秀逸なプランだと感じました。各フロアの世界観づくりで意識されたことはありますか?


尾見さん:
これまで2つの施設づくり(かぞくのアトリエ代官山ティーンズ・クリエイティブ)の経験と自分で子育てをした経験で感じたことですが、赤ちゃんと小学生が一緒のお部屋というのは、和やかな場面が見えることがある一方で、双方が気を遣ってしまうところがあると思います。赤ちゃんは小学生の元気な遊び方にびくっとしてしまいますし、お母様も赤ちゃんの身になって気を遣ってしまうんです。逆に小学生の方もせっかく元気よく遊びたいのに「もう少し静かにしてね」と言われてしまうと遠慮しなくてはならなくて。そこは分けた方がお互いにとっていいな、と思っていました。そこで気兼ねなくそれぞれが遊べるスペースと、皆さんが混在して過ごせる場所の両方を用意しました。


地下1階では幼児が金属のアスレチックによじ登り、小学生とご年配の方々が卓球で盛り上がるシーンも。3階では小さなお子さんたちがのびのびと遊ぶ空間

全体には「自然素材を使いたい」という想いがありました。というのは、代表を務めるマザーディクショナリーで以前、一枚の無垢の木板から切り出した赤ちゃん用のお皿をつくった経験がありました。当時、赤ちゃん用のお皿はプラスチックばかり。木のお皿はシミがつく、割れてしまうといった欠点もあって、子どものものは大人の都合で限られていたんですね。それをあえて、手間はかかりますが変化を愉しんでいただくことを目指したプロジェクトでした。その時に、オモチャや家具などにも無垢のものが少ない状況を目の当たりにしたんです。

自然素材の方が長持ちするし、時を経るごとにその良さを感じられるので、特に3階は赤ちゃんの手が触れるので無塗装のフローリングにこだわりました。フロアによってできたこと、できていないことはありますが、できる範囲で自然素材を取り入れています。


インタビューを実施した2階のテーブルの天板は左官仕上げ。ひんやりとした温度と自然の風合いが感じられます。作家さんから譲り受けた陶器の焼き台はトイレの引き戸の取っ手にアレンジ

横田:
2019年にリニューアルオープンされてから、利用される方々の世代はどのような構成ですか?またどんな多世代交流のシーンが見られていますか? 


尾見さん:
午前中から14時ごろまでは小さいお子さんの親子、その間にご年配の方もいらっしゃって、夕方は小学生が多いです。小学生とご年配の方々が人生ゲームをしたり、卓球をしたり、交流は増えてきています。

子どもたちがゲームばかりしているのを気にしているご年配の方がいらして、ご自宅にあるボードゲームなどを寄付してくださり、「一緒にやろう」と子どもたちを集めて実施してくださっています。数名の方は子どもたちの中でも有名になっていて、その方がいらっしゃると「一緒に遊ぼう」と声をかけるようになっています。卓球も上手くてみんなに尊敬されています。ご自身もとても楽しまれていて、日曜日には卓球の強いご友人を連れてきて本気でやっていますよ。そのおふたりと卓球がしたくて来るお子さんもいます。施設で実施している「卓球大会」にはおふたりにも来ていただいて、とても盛り上がります。

このあたりでは核家族が多くて、おじいさん・おばあさんと暮らしている方々がとても少ないのでいい交流の機会だと感じています。 あとはお母さんがお勤めしていて、おばあさんがお子さんを連れて毎日いらっしゃる方もいます。そのため、おばあさんと若いお母さんとの交流というのも3階ではありますね。

少し緩いくらいのつながりが、良い関係を生む

横田:
ご近所の方々からは施設に対してどんな反応がありますか?


尾見さん:
以前から知ってくださっている方々は、皆さんが使えるようになって「よかった~」と言ってくださっています。この施設をショートカットに利用するおばあさんもいらっしゃるんですよ。1階の受付前の椅子で休憩して、地下2階の入口の椅子で休憩して、お庭のお花や時には柿を持ってきてくださったり。施設の中を通るだけですが、そういった交流もありますね。

近隣の小さいお子さんを持つ親子さんにもとても喜ばれていて、1日2回いらっしゃる方もいます。あとは学童が終わってしまった小学4~6年生のお子さんをお持ちの働くお母さんたちが多いので、フリープログラムを活用されたり、塾に行く前の時間をここで過ごしたり、終わった後ここで待ち合わせをしたり、いろいろ上手に使われていらっしゃるので、小学生のお母様には一番喜ばれているかもしれません。



何かあればご連絡することもあります。ある程度決まったご家族ですが、「今日行ってますか?」「まだいますか?」と施設に問合せが入ってお答えすることも。本来はそういう役割は無いのですが、たまにご両親も来てくださって「いつもありがとうございます」と仰って、一緒に卓球をして帰る、ということもあったりして。顔の見えない関係ではなくて、親御さんもお顔を出してくださって、良い関係はつくれていると思います。

横田:
ご近所の方々の休憩スポットでもあり、子育て支援施設でもあり、学童のようでもあり……多様な使われ方が交差しているのですね。そして利用者とスタッフの皆さんが、少し緩いくらいのつながりを保っていらっしゃることが、良い関係性づくりに影響している印象を持ちました。


尾見さん:
お月謝をいただいたり、学童として責任を持ってお預かりしたり、という間柄ではないのですが、だからこその気楽さがお互いにありますね。私たちは先生ではないし、福祉や教育の専門家ではないんですね。そういう位置づけよりも、「いろいろなことを見守りつつ皆さんと交流する」という役割でいるので、子どもたちも近所の顔なじみのおばさん、お姉さん、という感じですかね。遊び相手と思っている子たちもいると思います(笑)。
 

ワクワクする気持ちが連鎖して、施設が盛り上がる

横田:
「景丘の家」のプログラムは食やアート、ものづくりといった多彩なテーマを取り上げていらして、特にその道を本職とされるプロがワークショップの講師をされるなど、子ども向けのイベントとしてのクオリティの高さに驚きました。プログラムづくりはどうやって進められていますか?


尾見さん:
最初は私が全部組んでいましたが、大事にしたいことをスタッフみんなに共有するようにして、今では全員で取り組んでいます。自分がワクワクしながらいろいろな方と出会えますし、自分事になった方が施設として絶対に充実しますので、チームでつくっていくことにしています。スタッフは皆、何かの得意分野があって、さまざまな個性がある人たちを採用しているんです。 みんなでアイディア出しをすることで、スタッフごとの個性も見えて、幅も広がると思っています。

横田:
私たちも企画の仕事をしていますので、企画する側もワクワクすることって本当に大事だと思います。そのワクワクが利用者の方々にも伝わるところもありますね。

人生に影響するのは、いかに自然と触れたか?ということ

横田:
「景丘の家」では空間においてもプログラムにおいても、「本物」に触れることが一気通貫しているように感じます。子どもたちの成長過程において、それはどんな影響を与えると思いますか?またこちらでの体験がどんな未来につながると感じられていますか?


尾見さん:
できるだけいろいろな価値観、ヒト、モノ、コトに出会えた方が、その子の幅が広がると思うので、「子どもたちと共有したいな、体験したいな」と思うことをたくさん用意して、きっかけづくりになるといいなと思っています。「種まき」のつもりなんですね。そのことがすぐ何かになる必要はなくて、子育ての中では、大人が善かれと思ったことがすべて実になる訳ではないので……でも後々何かのときにそれが活きたり、思い出してもらえたり、手助けになると思うので、あくまでも選択肢を広げて、可能性の幅が広がるように、いろいろな機会をつくりたいな、という想いですね。


2階でルームレンタル用に貸出している食器はすべてプロの作家さんが創られたもの。どっしりとした重みが感じられます。壁には自然素材で創られた作品が並びます

子どもの時は自然からもらえるものがたくさんあって、「どれだけ自然と関わったか」というのが、その人の人生に影響すると私は信じていて。できるだけいろいろな自然の面白さ、不思議さ、美しさに触れてもらいたい、という気持ちはあります。「景丘の家」は都会にあるのでお庭も小さく自然は少ないですが、その中でも小さな植物の成長を通して触れてもらうことは大切にしていますね。


小さな庭で田植えの体験も。取材当日は稲が干されていました。2階の廊下には世界中の珍しい種を集めた展示が。自然とは思えない奇抜な形状にいくつもの驚きや発見が生まれます

知育的な教育というのは後からいくらでも補えるのですが、子どもの時にどれだけ感性や五感を刺激したか、という経験はなかなか取り戻せなくて。脳の発達や情緒にものすごく影響していると思います。心身ともに健やかに育つためには、知能を発達させるためにも自然に触れるという行為は大切だと思います。

横田:
尾見さんの自然との関わり合いを大切にされている人生観が、施設のハードとしての空間だけでなく、プログラムや利用者さんとの関わりに至るまで、全体を通した世界観に通じているのですね。本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

「景丘の家」尾見さんへのインタビューを通じて、「みんなの居場所づくり」における重要なポイントを3つにまとめました。これらが重なり合うことでの相乗効果が「景丘の家」の大きな魅力につながっていました。

1)ハード|利用者の属性を考慮したバランスの良い空間構成で、それぞれの居場所が生まれている
2)ソフト|利用者側だけでなく施設運営者側もワクワクするようなプログラム企画がある
3)ヒト|程よい距離感で利用者を見守る個性豊かなスタッフがいる


そして一番大切なことは尾見さんが「種まき」と表現されたように、すぐに結果を求めず、大自然と向き合うようにじっくりと、時間をかけて利用者との関係づくりや交流のシーンづくりに挑まれている姿こそが、継続的な「みんなの居場所づくり」の秘訣なのかもしれません。

私たちはハードとしての空間づくりを中心にお仕事をしていますが、「場」は空間ができ上がった後に利用する人びとやその活動のシーンによって創られていきます。魅力的な空間づくりだけでなく、ソフトとしての魅力的なプログラムづくり、施設のヒトを含めた環境づくりの視点を大切に、長期目線でじっくりと施設運営に寄り添っていくことが、多様な人びと=「みんな」が主語になる場の醸成につながっていくことを実感しました。

ご興味をお持ちの方はぜひ「景丘の家」をご訪問ください。
*最新情報は「景丘の家」ウェブサイトをご覧ください。

(写真撮影:山口千晴/取材協力:前田伸之助)

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