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黒田 玲子 集客/運営・事業プランナー
集客/運営・事業プランナー

千里の道も一里から|京都に学ぶ地域の魅力づくり

2019/08/05

皆様、京都はお好きですか?よく行かれますか?

お好きな方は多いのではないでしょうか。わたしも好きで、時々無性に行きたくなります。
なぜ行きたくなるのか、自分でも不思議に思い列挙してみました。

『観るもの(体験するもの)、食べるもの、サービス』 この三拍

まず、まちに立つだけで楽しくなります。また、食べるものも充実していて、バリエーションが豊富です。そして意外と(というと失礼かもしれませんが)、まちの方が観光客に親切です。京都は『観るもの(体験するもの)、食べるもの、サービス』 この三拍がとても高いレベルで備っていると思います。

何度行っても見きれない程の観光名所

少し具体的に言いますと、京都市内には、神社仏閣が併せて1770事業所(経済センサス2014年)あり、全国で上位です。意外にも京都より数が多い市もありますが、なにしろ京都は一つ一つの曰く謂れがすごい。建物やお庭も見応えあります。お寺や神社以外にも、二条城などの史跡や、町中の路地、自然の風景と共に楽しめるエリアも多く、美術館や博物館はじめ近年の文化施設も充実しており、何度行っても見きれない程の観光名所があります。

住んでいる方々が観光客に親切

そして、食べるところが充実しています。市町村別飲食店数は全国6位(経済センサス2014年)、人口を考えると相当な数で、手頃な一品料理店から懐石まで、バリエーションも豊かです。
それから、これは個人的な経験による私見ですが、住んでいる方々が観光客に親切です。というのも、京都のバス停で時刻表を見ていると、

「どこに行かはるん?ほなら○番のバスやわ」

と、必ず声をかけてくれます。裏路地で歩いている人に道を聞いたら、わかりやすい道まで連れて行ってくれたこともありました。これは、観光業に従事している人が多いことも関係するとは思われますが、他所の人に対するホスピタリティが定着しているように思います。

まるで「究極のテーマパーク」

現在の集客施設になぞらえて考えると、まるで「究極のテーマパーク」です。テーマパークが満たそうとして躍起になっている3要素を、とても大きな規模で満たしています。そしてそのクオリティの高さと、継続の長さでまさに「究極の」です。

歴史の長さが要因なのか?


なぜ、京都はこんなにも外国人が集まる日本屈指の観光都市になったのでしょうか?
もちろん、1200年以上前に都が出来たところから始まり、歴史、建物、自然といった環境がここまで揃っているところは国内ほとんど類がありません。しかし、皆さんお気づきの通り、理由はそれだけではないと思います。

少し話はそれますが、京都の街中で訪れたお店のたたずまいが古いと、どうしても聞きたくなることがあります。『こちらは歴史があるのでしょ?』 と。
ある三条通りのお店では、こう答えられました

「へい、せいぜい300年どすから、それほどでもおまへんえ、お隣は500年やさかい」

やっぱりそうきたかと私は確認できて内心安堵します。京都では、たいていたとえ歴史があっても、まずはそれほどでもないという返答がかえってきます。そのあくまでも謙虚な返答にしびれます。他地域と比べると、相当な老舗ですが、市内を見渡すともっと古いところがある。例え、内心誇っていたとしても、それを言葉には出しません。
(余談になりますが、いったいいつからなら謙遜しなくていいのだろうかと思っていると、先日TVを見ていて、ようやくその答えらしきものを見つけました。ある女優さんが、有名な神社のそばのもち屋さんで、同じような質問をしました。お店のおかみさんは、

「はい、1000年になります」

 と素直に応えておられました。ボーダーラインは1000年でしょうか)
それはともかく、そうした価値基準が長い歴史の中で培われ、今も市中に息づいていることに軽いカルチャーショックを受けます。

人が価値をつくる


そうした姿勢について、京都の人に理由を尋ねてみました。

「狭いまちで噂が広がって、もっと古いところに笑われるのはいややし」、
「外(そと)見んと、内(うち:京都市内)ばっかり見てるからや」


といった応えが返ってきました。(これにも独特の謙遜が含まれていますし、個人により返答は大きく異なると思いますが)
住んでいる方や産業という視点から見た場合、内に注意を向けることについては、必ずしも良いことばかりとは言えないかもしれません。でも、観光集客視点から見ると、長く内を見続けたことによって、住む人に「歴史を大切にする価値基準」が定着したのではないでしょうか。そしてその共通の価値基準があったからこそこの“まち並み”が守られたのではないでしょうか。

価値基準の浸透


京都では、バスに乗っていても、ふとした街のたたずまいがとても興味深く見飽きません。
京都の街中は、高さや色使いなど規制が厳しく、しかも、町内で了承を得る必要があります。また、地域での掃除当番など、まち中で地域の美を保つ慣習が残っています。お互いで守り、チェックしあうシステムが機能しています。
それらについては賛否両論ありますが、住民が意識を持つことの重要性に改めて気づかされます。
そういえば、まちづくりの仕事に携わっていたときに、なるほどと思う言葉に出会いました。

「美しいむらなど はじめからあったわけではない。そこで美しく暮らそうという村人がいて、美しい村になったのである」
(柳田國男の言葉を編集されたもの引用)


それにしても、わがまちの地域創生を考えると実に壮大で気が遠くなるような話です。

「千里の道も一里から」という言葉もある通り、そんな気持ちで始めないとはじまりませんね。
内に注意を向け、内を見直すという行為、見直して美点を育てていきたいと思います。
勝手なこじつけを展開してしまいましたが、京都はそんな妄想も誘う、奥深いまちです。
 

ここ数年の急激な外国人観光客の増加にゆれているともいわれる京都ですが、永年の叡智を活かし、先頭を走る 究極 であり続けて欲しいと願っています。
黒田 玲子 集客/運営・事業プランナー
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