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NOMLAB : NOMLAB(ノムラボ)は乃村工藝社の空間のプランナーを中心としたプロ集団ですNomura Open Innovation LAB
亀山 裕市 プランナー
プランナー

「わからなさ」のむこうにあるもの ー空間体験の源流をめぐるトラベローグー

2020/05/28

はじめまして。亀山ともうします。四半世紀ちかく、空間体験の数ある種類のなか、とくに展示空間づくりに取り組んできました。この経験をもとに、ノムログの主旨=”空間と体験の可能性を追求する”ログをまとめてみます。

 というのも、新型コロナウイルスへの対応としてソーシャルもしくフィジカルディスタンス、オンラインミーティング、zoom飲み会・お茶会といった空間が日常化して今までとはちがった空間体験がはじまっているなか、そもそも空間体験ならではの特異性や利点にはどんなことがありえるのか、シンプルに把握しておくことが有効に思えるのです。

 言葉や文字の語源を知ると理解やコミュニケーションが円滑になる感覚で(とはいえ、懐古・復古趣味におちいらないよう自戒しながら)、空間体験の源流をさぐり言語化・共有化できれば、これからの空間体験の可能性をともに考え高めていくヒントがつかめるのではないか。そうした、淡く、軽い期待をもってスタートします。

深夜のランニングで目にとまったUターン禁止の路面標識。道には偶然でくわすヒントがいっぱいです。地に足つけつつ、ただの後戻りではないログを心がけます。
 

アフリカを旅だったホモサピエンス:ヒトの歩みを「空間体験」すること


 ここ数か月分からないことの多い日々がつづいていますが、そうした先がみえない不安を鎮めてくれるもののひとつに「歴史」があるのではないでしょうか。
 Webやラジオ、テレビ、書店などを眺めていても、20世紀初頭に世界をおそったスペイン風邪をふりかえる歴史書や小説「ペスト」をとりあげる番組、コンテンツを多くみかけた印象があります。
 そうした「歴史」を空間体験できる場所も数多くあるのですが、世界規模・同時代・人類共通の災禍にみまわれている今だからこそ訪れたいところのひとつが東京・上野の国立科学博物館地下2階にあります。


国立科学博物館地下2階・人類の進化(撮影協力:国立科学博物館)

〇かはくVR
こちらをクリックするとスマホやPC画面から国立科学博物館の館内をめぐれます。「地球館」の地下2階をごらんください。

 そこは人類の進化をあつかった展示空間で、アフリカ大陸で生まれたわたしたち人類=ホモサピエンス:ヒトが、アフリカからヨーロッパやアジアへ、そして地球全体へとひろがってきた歴史を知ることができます。
 この展示空間をめぐって分かることは、地球各地へいくさきざきで、たちはだかる不慣れな環境障壁(=過酷な乾燥や寒さ、食料の確保など)に適応していく工夫があみだされ、その工夫が幾世代にわたって実践・改良されることで障壁が乗りこえられ、地球のいたるところにヒトがひろがっていけた事実です。

 こうした歴史を知ると、例えば新型コロナの感染拡大という自然環境に由来する災禍=障壁は工夫さえできれば乗こえていけるのでないかと不安はおちつき、取りくむべき課題もみえてくる気すらしてきます。(もちろん、今直面しているコロナ禍はヒトが地球にひろがっていった時代とは異なる、都市化やグローバル経済にからむ問題であり、医療体制や経済活動のダメージをともなう別次元の課題として楽観視できるものではないでしょう。)

空間体験の視点から「人類の進化」展示を捉える


 人類の進化を知るだけであれば、ここまでテキストで説明ができたことからも本や映像コンテンツでも十分事足りるということができます。
 これに対して、「人類の進化」の展示空間はどんな働きをもっているのか?テキストや映像とは異なる働きを言語化できれば、空間体験ならではの特徴のひとつを捉えられるかもしれない。
「人類の進化」展示は主に3つの要素から構成されています。1つめはホモサピエンス:ヒトが広がった大陸や大海を床面に印刷していること、2つめは各地域を特徴づけ乗こえなけなければいけなかった乾燥や寒さ、大海や高地などの障壁を表すゲートを動線ルート上に設けていること、3つめは各地域で障壁を乗こえた証といえる狩猟・漁撈・採集の道具、縫い針と衣服、楽器・装飾品などの実物資料を発掘・出土した地域ごとに配置していることです。

 こうした展示構成の要素があることで、アフリカを旅だったヒトの足取りのルートや距離を疑似体験する感覚でたどることができ、地域ごとの障壁とそれを乗りこえるためにあみだされた工夫が一つひとつわかっていきます。
 本でいえばページをめくる、映像でいえばシーン展開、webであればスクロールやリンクのクリックにあたる「歩く」動作が、人類進化の一幕=ヒトの旅を知る効果を発揮していると捉えることができます。

 さらに注目したいことが、知るにとどまらない、想像する・考えるといった自律・能動・拡張型の思考が働く効果です。例えば大陸から大陸へのヒトのひろがりを知ろうとアフリカから陸地にそって北へ向かって歩くと、ヨーロッパへ向かう道筋とアジアへ向かう道筋にわかれる十字路のような場所に突き当たります。
 さて、ここには何があったのか?さらに足をすすめて太平洋の大海原に点在する島々を目にしたとき、島のヒトは台湾やインドネシア、オーストラリア、南アメリカなどのどこからやってきたのか?こうした気づきや想像のきっかけは、歩くことで遭遇する「空間をとおした情報のインプット」があることで生まれやすくなっているのではないか。

 いかがでしょうか。
「知る」のまわりでおきる自立・能動・拡張型の動的な思考を働かせることが空間体験の可能性のひとつであると、わたしには考えられます。(対概念には他律・受動・収束型の静的な思考があります。いわゆる検索や辞書をひくことに近いものです。もちろん、検索や辞書をひく際にも新たな理解や興味が広がるなど動的なケースもあります)


水平線のむこうにはどんなことがまっているのか?そんな興味を抱くたのしみはホモサピエンス:ヒトゆえかもしれません。(太平洋につきでた牡鹿半島・金華山から)

もうひとつの可能性―「わかる」がもたらす満足、「わからない」が高める期待


 国立科学博物館の展示空間を取り上げて、はなしを進めてきてしましたが、そもそも展示空間とはなにか。たとえばミュージアムやギャラリーでの展覧会、企業・商店などのブランディングスペースやショールーム、観光地のインフォメーション・ビジターセンター、サイエンスセンターやライブラリーの実験・学習スペースなどのことであり、収蔵コレクションや体験・商品・サービスなどを題材になんらかのメッセージをつたえる・あらわすことを目的とした空間体験の場です。
 こうした空間を設立・運営する目的がつたえる・あらわすことであるため、空間体験には「わかりやすさ」が求められる傾向が強いのですが、「わからないこと」にも大きな意義や魅力がひそんでいて、空間体験ならではの可能性が発揮するのではないか、と考えるようになりました。

「わからない」ことはコロナ禍の日々がそうであるように不安や苛立ちなどをまねくネガティブな概念である一方、わからない状態を乗こえたときに新しい世界を手にいれることができる、チャンスを秘めたポジティブな概念ともいえるでしょう。ホモサピエンス:ヒトが地球全体にひろがっていけた事実がそうおもわせてくれます。

 実社会に目をむけると、2019年は「わからない」ことを主題にした展覧会や書籍にふれることの多い年でした。
 たとえば、茅ケ崎市美術館「美術館まで(から)つづく道」展、千葉市美術館「目[mé]非常にはっきりとわからない」展といった展覧会が注目をあつめ、書籍でもドミニク・チェン著「未来をつなぐ言葉:わかりあえなさをつなぐために」が好評をえています。
「わからない」ということが注目された背景には、技術・社会のめまぐるしい変化に先行きがみえないことや、あふれる情報とその検索・AI化に身の回りが包まれてきたことへの疑問や反動があったのかもしれないなど、未来を展望するたくさんのヒントが埋蔵された主題です。

この考察も興味がそそられますが、ここでは「空間体験の可能性」に焦点をあてることが本題です。紹介した2つの展覧会は「わからない」ことの表現と体験方法に工夫がこらされ、空間体験の可能性を考えるうえで多くのことを教えてくれるものでした。

○茅ヶ崎市美術館「美術館まで(から)つづく道」展のリンクはこちら(以下、『つづく展』)

○千葉市美術館「目[mé]非常にはっきりとわからない」展のリンクは
こちら(以下、『目展』)
 
 2つの展覧会のくわしくはHPや図録・記録レポートなどをご覧いただくこととし、空間体験の視点から展覧会をふりかえります。『つづく展』は「美術館までの順路が複雑でわかりにくいから、その道のりをたのしんだ」という弱視の方のエピソードをきっかけに企画された展覧会です。すべてのひとは個々に異なる感覚特性者である観点から、さまざまな障害があるひとと作家が一緒に歩くことでとらえた「美術館までのみちのりや周辺」が5つの作品となって展示されました。茅ヶ崎市美術館という空間は世界にひとつですが、そのとらえ方=空間体験はヒトの数だけたくさん存在すること、また、他者のとらえ方を知ることで自分自身のとらえ方が変わりうることに気づきます。こうした気づきが、目・耳・鼻などの感覚器官と記憶や経験知を働かせる空間体験ゆえに強く自覚されたことが本題に関わるポイントです。
 『目展』は展示空間のなかでわからなさにどっぷり浸かってしまう空間体験の実例です。展示空間をめぐると「わたしはいまどこにいるのか?」といった方向・位置認識を失う迷子になった気分につつまれ、自分のいる場所やとりまく空間の構成要素を把握せざるをえない状況におかれるため、空間体験に必要な感覚器官すべてが覚醒されてしまうものでした。わからなさを乗こえようと自分にそなわったすべての感覚能力が働く興奮を堪能しながら客観視できたことは初めての経験でした。

 2つの展覧会は、空間体験の可能性には実用と構造の側面があることを気づかせてくれます。
実用面では、多文化共生や多様性・ダイバーシティの価値を重視する今日的社会ではかかせない、他者の理解や自己の理解を客観視する場面で効果を発揮する可能性を空間体験はもっていること。視覚障害をもって都市で生きることを疑似体験し、そのときの感覚や理解を確かめあえるプログラム「ダイアローグ・イン・ザ・ダーク」が多くの人々に受けいれられてきたことも空間体験の可能性を実証しているのかもしれません。
 構造面では、「わからなさ」を越えようともがくときに味わえる興奮があり、この興奮は「五感と記憶・知識を総動員する感覚」によってもたらされる。つまり、「五感と記憶・知識を総動員する感覚」ーーーこれをなんと表せばよいでしょう、自身の視覚や聴覚などの五感と記憶・知識の全てを働かせるニュアンスから<全人感覚>と表すことにしますーーーを働かせる工夫が空間体験の可能性を高める、といえるのではないでしょうか。

 ニューノーマルと呼ばれる日常がはじまるなか、<全人感覚>を働かせる要因はなにかをひきつづき探っていこうとおもいます。
次回以降は空間体験と「オンライン・オフライン」「想像性」「偶然性」などを主題にしてみたいと考えています。

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