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稲垣 美麻 フード&風土系
フード&風土系

博物館の強みって? -多角的視点を体験化する

2021/05/17
コロナ禍で集客施設の制限が続く中、オンラインミュージアムの可能性が拡大する一方で、実際に博物館を訪れるというかけがえのない経験が広く再認識されたのではないかと感じています。この機会に博物館の本来の強みを具体例でひもときながら、ポストコロナ時代の博物館の可能性についてお伝えします。
 

博物館の強みって? 

博物館の企画に関わる者としては、これからの博物館がどんな役割を果たし、どんな価値を求められるのか、その存在意義を考えざるを得ない状況にあります。その前段として、博物館ならではの強みや博物館らしさについて考えてみました。 

博物館の強みを一言で言うのは、本当は難しいのですが、個人的には「多角的な視点を体験できる場」ということが大きいのではないかと、常々考えていました。博物館は分野を超える多角的な視点の提供が可能であり、それを体験につなげられるのは博物館ならではの特性だと思います。現在、こうした議論は様々な場で行われており、ここに記載するものは、そのほんの一部分の考察にすぎませんが、現場の人間の考えていることとして記させていただきます。
今回は、分野を越えた博物館体験を追求した熊本博物館の展示から、多角的視点で資料を読み解くことで広がる知的な可能性、その楽しさをご紹介したいと思います。
 

熊本博物館の展示リニューアル 

熊本博物館は、1952(昭和27)年に開館して以来、長期間にわたり活動してきた博物館です。1978(昭和53)年には、黒川紀章氏の設計による現建物の新館がオープンし、さらに2018(平成30)年12月に展示を全面リニューアルしました。私たちは、その工事に携わらせていただく貴重な機会を得ました。
熊本博物館は、開館当初から自然科学と人文科学の両面を取扱っており、現在では、「動物」「植物」「地質」「理工」「天文」「考古」「歴史」「民俗」「美術工芸」の9つの分野を扱う“総合博物館”です。展示室は、1階が人文科学系、2階が自然科学系とフロアで大きくテーマがわかれています。
1階:人文科学系フロア
2階:自然科学系フロア
 

分野を超えてつながる展示

展示コンセプトとして重視したことは、多様な分野の研究を行う総合博物館の特性を活かし、分野を融合・横断させることでした。
これを「分野融合展示」と呼び、次のような4種類の展示を設けました。
1.融合展示コーナー:1階と2階の展示室をつなぐ吹き抜け部に設置
2.つながりさん解説:分野間の横断情報の提供
3.はっけんスポット:休憩ベンチを兼ねた発見の芽の在りかを伝えるマップ
4.エントランス案内:上記3つを活用するための虎の巻グラフィック
中でも主要な展示となった、「1.融合展示コーナー」と「2.つながりさん解説」をご紹介します。

 

「融合展示コーナー」の『クスノキ展示』

展示室内には、吹き抜け空間を活かした【融合展示コーナー】を2か所設けました。その主要なものがクスノキ展示コーナーです。
熊本博物館に隣接してクスノキの巨木群があり、千年以上前から同じ場所に存在することが絵図によりわかっていました。熊本博物館は熊本城の三の丸にあり、このクスノキ群は藤崎八旛宮という大きな神社があった古代から、加藤清正が熊本城を築城し、西南戦争時に焼失するといった熊本の歴史的なできごとを見つめてきたことになります。長寿のクスノキは、多様な生きものを育む場であると同時に熊本の歴史の証人ともいえ、自然と人文の分野を横断する融合展示のシンボルと位置づけられました。



展示では、吹き抜け壁面全面にクスノキの写真を設け、1階ではクスノキの足元で起こった千年の歴史、2階ではクスノキの営みやクスノキとともに生息する生きものを紹介しました。分野を融合する視点から展示体験するおもしろさをコーナー全体で表現したものといえます。

 

別視点の話題で横入り「つながりさん解説」

ひとつの資料に隠れた多角的な視点に気づいてもらう解説アイテム、それが【つながりさん解説】です。歴史分野の話題に、動物分野の学芸員が“ちょっと失礼”と口を挟み、分野と分野、1階と2階など様々な展示をつなぐ役割を担うものとして生み出しました。
説明ではなく視点の提示役として、他の展示との違いを強調したいと考え、ミヒャエル・エンデの児童文学作品『モモ』に登場する時間どろぼうのようなミステリアスな人型をデザインしました。


学芸員の方々から、研究成果のエッセンスともいえる多数の視点を提示いただき、最終的には17人の「つながりさん」が展示室に出現しました。




「つながりさん」を2人紹介します。
人文展示の目玉の一つである、熊本藩主・細川忠興の甲冑。その横にいるのが歴史と動物をつなぐ「つながりさん」です。


手に持った解説板には「兜にあしらわれた羽根はヤマドリの尾羽です。ヤマドリの尾は長いことで知られ、独特の美しい模様は人々の心を捉え続けてきました。でも、最も長い尾羽は1羽に2本しかないので貴重品だったはずです。」とあります。

この解説を読んだ後に兜を見ると、大量の尾羽がついていることに気づきます。1羽に2本という動物学の視点が加わることで、この甲冑の価値が想像しやすくなるコメントとなっています。

そして、2階の金峰山の生きものの展示コーナーに行くと、ヤマドリの剥製が展示されているのです。


尾羽のバランスが美しい鳥なんですね。


もうひとりは、農耕具のかたわらにいる民俗と動物をつなぐ「つながりさん」です。



「日本中の田んぼで見られるウシガエルは、大正7年に東京帝国大学・渡瀬庄三郎氏が、食用としてアメリカ合衆国から、十数匹を輸入したのが始まりでした。明治時代の田んぼでは、あの牛のような鳴き声は聞こえなかったのです。」

昔の農作業のイメージがより具体的になるコメントです。これも、2階の目玉展示、江津湖の生きものジオラマにウシガエルの標本が展示されています。


 

つながりの果てなき世界

「つながりさん」は2つの分野をつなぐ視点を提示していますが、そこから果てしなく視点を広げていくきっかけになることを期待して設けています。
例えば、細川忠興の甲冑を例にしてみると、ヤマドリの尾羽という動物学的視点以外にも、
●素材の鉄がとれる場所がどこかという、地質学的視点
●兜のデザインや色彩の位置付けを語る、ファッション史的視点
●こんな目立つ兜をつけて戦う、当時の戦術・戦のあり方の視点
●兜やよろいの重量から考える、武将の体格や身体能力的視点
●この甲冑を仕立てた細川忠興という、人物の嗜好的視点
●甲冑の変遷史からみた、忠興の甲冑の位置づけ的視点  などなど


さらに、2階へ上がってヤマドリの剥製を見ると、こんな長い尾羽は歩くとき邪魔じゃないか、尾羽は甲冑以外に使われたのか、尾羽を拾いに行きたい!など別の視点の問いが浮かぶかもしれません。つながりの果てなき世界へ「つながりさん」が連れていってくれる、そんなイメージです。
このように、ひとつの資料から多様な体験に具体的につなげられることが博物館の強みのひとつといえるのではないかと改めて思います。

 

「多角的視点」は「私情」の中に

個人的に、本来の分野を超えた多角的な視点で見る楽しさを実感するのが「打合せ」です。


展示製作にあたって、私たちは学芸員の方々と濃密な打合せを行いますが、その際、学問的な素人である私たちが、「なるほど」と資料を深く理解するキーワードは、本流から外れたところでポロリと出てくることがよくあります。多くの場合、分野に関わらず、学芸員の方々の個人的な興味や私的な感情に根差していて、学芸員さんがおもしろそうに話していることに、受け手の私たちの感情が動き、自分なりの理解につながることで、納得感を感じていると思います。学術的研究成果とは違う、個人的な感情、つまり「わたくし情報」です。これを展示に積極的に活かした、いわば「私情展示」を実現することが、多角的視点を多くの人に伝えるために有効ではないかと考えています。
「私情展示」で思い出すのはNHKのテレビ番組『ブラタモリ』です。プロデューサーの方が、専門的な事柄をエンターテインメントにする秘訣について

出演していただく専門家の先生にも、知っていることを「手放して」もらうことをお願いしました。
『時代をつかむ!ブラブラ仕事術』尾関憲一著 フォレスト出版

と書いていらっしゃいました。専門家として体系的に正確に説明すると、説明過多となり、番組の流れにブレーキがかかってしまうため、面白いポイントだけをすくい取っている、ということでした。同じように、学芸員の「私情」をすくい取り、そのエッセンスを展示に活かす努力をすることが展示プランナーの仕事といえるのではないかと考えています。


コロナ禍を経験して、オンラインの可能性が広がる一方で、実物を見る、空間を体験する、現地に行く、人と対面するといったことが、ほかの体験と代えのきかないものであることが広く共有されたのではないかと感じています。博物館に来て初めてわかる多角的視点の体験展示をリアルとオンライン両軸で、今後も考え続けていきたいと思っています。

※熊本博物館HP https://kumamoto-city-museum.jp/
※『ブラタモリ』NHK番組HP  https://www.nhk.jp/p/buratamori/ts/D8K46WY9MZ/
 
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